「その選択、Yesか農家?」桃農家の日常が想像以上にピッチピチな件。
「すみませ~ん、東京から農業の体験に来たんですけど……。」
玄関から現れたのは、菅原◯太風の強面なおじいさん。
「東京者に農家の何がわかる?」とでも言いたげなその風貌。
早朝、まだ日も明けぬ頃、軽トラックで畑へ向かう。車内では一言の会話も無い。
畑に着くと◯太に無言でクワを渡され、僕は腰を痛めながら必死に耕す。
午後になり、僕が必死に耕した畑の土を一握りして、文太は一言こう言うのだ。
「やり直し。」と。
これが僕の想像する農家体験。
こんにちは、ライターの倉沢学と申します。
僕が、そんな地獄の農家体験に行くことに決まったのは2016年の2月。
まだ見ぬ◯太との対面に怯え、電車の中でも農業の予習に余念が無い。
完全なる農家ルック。
ITを駆使した予習。
クワやシャベルのシミュレーション。
完璧だ。
文太に怒られる理由が無い。
怒られるとすれば、それは新幹線の車掌さんにだ。
やってきたのは岡山県赤磐市。
都会の岡山駅から車で30分ほどで、あたりはのどかな田園風景に。
ここ赤磐は、桃やブドウ・洋梨など、果物の栽培が盛んなフルーツ王国。
中でも桃は市のマスコットキャラクターにも起用され、街のランドマークとも言うべきガスタンクに桃のペイントが施されるほどの力の入れようだ。
あかいわももちゃん。
赤磐のランドマーク「桃のガスタンク」
車が停まる。
看板に見える文字は「桃遊ランド」。
しかし楽しげなネーミングとは裏腹に、◯太との決戦はもうすぐだ。
恐怖で震える手で、そっとドアを開ける。
倉沢「……すみません、東京から農業体験に来ました。」
桃農家「ちょりーす。」
倉沢「え?」
桃農家「あ、どうぞどうぞ。中入っちゃってくださーい。」
倉沢「…」
茶髪にピアス。
今どきのナイロンパーカーにニット帽。
菅原◯太とは程遠い。
どちらかと言えば三代目J Soul ◯rothersだ。
僕を出迎えてくれたのは、一平(いっぺい)君。23歳。聞けばこの辺りの桃園を一人で切り盛りする、紛れもない農家だという。
倉沢「あの、本当に農家なんですよね?」
一平「はい?」
倉沢「いやなんていうか、外見が、なんか思ってた感じと違うなあって……。ピアスとか。」
一平「ああ、バンドやってるんで。パンク系の。」
農家がパンクする時は、トラックが舗装されていない道を通った時だけだと思っていたが、時代は変わった。
いや、僕が知らないだけだろうか。
にわかには信じられないが、本当だというのだから仕方がない。
若くても農家なのだから、今日はこの一平君に厳しく農業の辛さを教わるのだ。
倉沢「今日はよろしくお願いします。ビシビシ鍛えてください!」
物事は何事も最初が肝心だ。舐められるわけにはいかない。
倉沢「では早速畑に行って、桃作りを体験させてください!あのトラックですか?行きましょう!」
一平「あ、今オフシーズンなんでそんなにやることないんですよねえ。」
「え?」
よくよく話を聞くと、桃農家の繁忙期は収穫シーズンを迎える夏、特にお盆の頃。それ以外の季節は、桃の木のお世話をしたり、虫の駆除をしたりで、わりと時間には余裕があるそうだ。
とはいえ、オフにも色々と作業はあるのだろう。今回はそのお手伝いだ。
倉沢「でもやっぱり他の作業で朝から晩まで忙しいんですよね?」
一平「いや、今はそれほどでも。」
倉沢「雨の日も風の日も畑に出て辛いですよね?」
一平「雨の日は……行かないすね。」
倉沢「なんで?」
一平「濡れるんで。」
倉沢「……でもでも、寒くても早起きして、かじかんだ手で作業をするんですよね?」
一平「あー、あんまり寒かったらやらないすね。」
倉沢「なんで?」
一平「いや、寒いんで。」
そう答える一平君は携帯電話を片手になにやら画面を凝視している。
いささか面食らったが、そこは農家。
やはり農作業とは別に、仕入れや発注など、季節によって様々な仕事があるのだ。IT化も進んでいると聞く。
そんな作業でも手伝えることはないかと僕はタイミングを計って聞いてみた。
倉沢「あの、今は何のお仕事をされてるんですか?」
一平「あ、今は、スマホでアニメを観てました。」
ITを駆使して遊んでいる!
僕の農家像がどんどん崩れ去って行く。
一平「あ、そうだ。」
携帯電話の画面を見せてくる一平君。
倉沢「なんですか!?仕事が入ったんですか?行きましょう!」
一平「いや、こないだ彼女とU◯J行ってきたんですけど、その写真です。」
一平君!君は本当に農家なのか!?
しかも、彼女めっちゃ可愛い!
みなさんにもぜひご覧いただきたいところだが、さすがにプライバシーに配慮しなくてはならない。
ここは僕のイラストで雰囲気をお伝えしよう。
倉沢「いや、あの。可愛いですけども。出掛けないんですか?」
一平「ああ、じゃあ、ちょっと出ますか。」
ようやく農作業の開始だ。電車の中で予習してきた成果を見せる時が来た。
一平「じゃあ、この紐持ってください。」
倉沢「農作業に使うものですね。わかりました!」
一平「じゃあ行きましょう。」
……。
あの。
一平君。
この紐の先に。
犬が。
犬がついてきてますけど。
一平「ああ、パン君です。」
倉沢「ああ、パン君って言うんですね。かわいいなあパン君。……いやそうじゃなくって!」
一平「え?」
倉沢「あの、一平君。まさかとは思うけど、これって……。」
一平「はい、犬の散歩です。」
コイツ!農業舐めてる!
可愛い彼女がいて、オフにパンクバンドやって、たまに犬の散歩して。
……この男、完全なるリア充だ。
パン君とのひとときを十分に満喫させられた後、また一平君はスマホでアニメの続きを観ようとする。
倉沢「一平君!そんなことは良いんで、早く畑に行きましょう!もう僕が来てから1時間経ってますよ!」
一平「わかりましたよ~。」
重い足取りで出かける一平君。
ようやく辿り着いた、とは言っても、一平君の家から徒歩30秒ほどの所にそれはあった。
一平「ここがウチの桃農園です。」
広い。とんでもない広さだ。
一平「こことあと、あっちの方にも。あとあっちの山の方にももう少し桃の木があります。」
倉沢「これを、一人で?」
一平「はい。」
信じられない。
およそ1ヘクタールの桃農園を、この三代目J Soul ◯rothersが?
この男、思ったよりずっとやり手だ。
ただのU◯J好きのパンク野郎ではない。
一平「あとイチジクと柿もやってます。」
倉沢「桃だけじゃなく?事業拡大されようと目論んでいるんですね?」
一平「いやイチジクと柿は、母さんが『食べたい』って言ったんで。結構な数になっちゃったんで、それも売ろうかなと。」
そんなガーデニング感覚で!?
どうも調子が狂う。
ようやくやる気になった一平君がこの季節にやる桃園での仕事を教えてくれる。
一平「この時期には花芽を取るんです。」
倉沢「え?せっかく生えた芽を取っちゃうんですか?」
一平「はい、ひとつひとつの実に栄養を沢山行き渡らせるために、いらない芽を今のうちに取ってしまうんです。」
農家っぽい!そう、そういうのを待っていたんだよ!一平君!
これもいらない、あれもいらないと、思ったよりも沢山の芽を取って行く一平君。
一本の枝に何百個もの芽。その枝が一本の木にまた何百本。
倉沢「……これを全部手作業で?」
一平「はい、全部一人で。」
平然と言ってのけるが、僕ならこの一本の桃の木の花芽を取る作業だけで、3、4日かかる。
しかも取っていい芽とそうでない芽を選別する確かな目が無ければ出来ない作業だ。
この広大な桃農園の木を全部一人で。
途方もない。
一平「じゃあ、そろそろ。」
30分ほどすると、家に帰ろうとする一平君。
倉沢「いや、まだ全然終わってないですよ?」
一平「大丈夫です。今年は結構はかどってますし、今日はやっぱ寒いんで。」
すごいのかすごくないのか、よくわからない男だ。
程なくして日も落ちかけた頃、またどこかに出かけるという。
倉沢「あの、今度は何の仕事を?」
一平「今日は、飲みます。」
倉沢「え?」
一平「飲みます。」
〜僕の農家体験レポート〜
・到着。
・一平君の彼女自慢を聞く。
・パン君(犬)の散歩。
・花芽を取る。(正味30分)
・酒を飲む。
ダメだダメだ!一平君!これじゃただの若い兄ちゃんの休日レポートになっちゃうよ!
僕の制止する手を押しのけて近所の居酒屋「成田屋」に入って行く一平君。
そこには一平君よりも少し年上の男たちが数人。
一平「僕のバンド仲間です。」
一平君!
なんで僕は君のバンド仲間と酒飲まなくちゃいけないんだ!
僕は農家体験に来たんだよ!
いい加減にしてくれ!
一平「大丈夫です。みんな農家ですから。」
そう紹介された皆さんと強引に酒を酌み交わすことになる僕。
今日集まった皆さんは桃農家とぶどう農家の方々。
その傍ら、バンドもやっているらしい。
皿井さん(桃農家)
今井さん(桃農家)
行本さん(ぶどう農家)
倉沢「皆さんとはどんな時に連絡を取り合うんですか?」
皿井「ライブの時とか。」
倉沢「いやそうじゃなくて、農業の話です。」
皿井「ああ、そっちか。まあ、なにかしら栽培が上手くゆかなかった時にアドバイスを聞いたりとかですかね。主にLINEで。」
今どきの農家はLINEでやり取りか。
ことごとくイメージを裏切る。
さしずめLINEのグループ名は「桃組」だろうか。
むさ苦しい男たちには到底似合わない名前だ。
せっかくなので、一平君よりベテランのみなさんにも農家らしいお話を聞こうとするが、これもまたどうも調子が狂う。
やれ自分は桃アレルギーだとか、農家はインドア派が多いだとか、挙句の果てはやれどこどこのエフェクターが良いとか、あのアンプが良いとか、気を抜くとすぐ音楽の話になってしまう。
赤磐の誇る酒蔵、「室町酒造」の銘酒『櫻室町純米雄町』も登場し、宴が盛上がってきたところで、思い切って禁断の質問をしてみた。
倉沢「あの、すいません!ぶっちゃけ皆さん、ちゃんと食えてます?そんな感じで農家やってて大丈夫なんですか?」
今井「……まあ、金に困ったことは、無いよな?」
皿井「ああ。」
今井「一平んとこだって、毎年車買い換えるくらいは稼いでるだろ?」
一平「まあ、そうっすね。」
今井「ウチじゃ子どもに桃の木を指して『金のなる木』って教えてるよ。」
聞いた僕がバカだった。
しかしやっと農家の集まりらしい話になってきた。
今日のようなオフシーズンはまだ自分で作業の時間を決められるが、夏場になれば、それこそ夜明けから、遅い時は日を跨ぐまで、収穫、選別、袋詰め、出荷と、地獄のような忙しい生活が何週間か続くという。とても今回のような取材は受けられる余裕は無いらしい。
皿井「そんな時に来られたら完全無視、いや、それこそこき使うね」
今は時期的に余裕があっただけで、やっぱり農家は忙しい時は忙しいのだ。
それに、やはり天候や自然災害のリスクもある。台風や雪、鳥や虫など、敵の数は数知れず。
行本「数年前に雹が降った時は大変だったな。収穫直前の実がどんどんやられちゃって。ぶどうのハウスも壊れちゃってね」
さすがにその年は年収が3分の1ほどにまで激減したという。それでも食えないほどじゃあないけどな、ガハハハと笑う姿がなんとも男らしい。
今井「結局俺たちは、ひとりひとりが経営者なんだよ。今日サボったら、明日その分やらなきゃいけない。全部自分に返ってくるから。全部自己責任。でも本当に困った時は助け合う。そのためのネットワークも、こうして全部自分で作るんだ。行政も色々助けてくれるしね。」
一平「苦労して苦労して作るから、赤磐の桃は糖度が高くて甘いんです。赤磐の桃食べたら、他の桃は食べられないですよきっと。」
そう語る皆の顔は、確かに農家の顔だった。
しかし、農家というのは辛く孤独な作業だと思っていたが、こうして仲間とともに支え合い、仕事をした分だけ自分の時間も作ることができて、一平君の年齢ではとてもサラリーマンじゃ稼げない額の年収を稼ぎ、自然と闘う、格好いい職業だなと思った。
こんな仲間たちと支え合いながら、今からでも始められるなら、農家も悪くない。もちろん初期投資も必要だし大きな賭けだが、それはどんな仕事を選ぶにしても同じこと。
今から始める農家。
イエスかノーで言えば、答えは、イエスだ。
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